今回の教員インタビューは、
大学院学校教育学研究科 教育実践探究専攻 准教授、
ウェルビーイング創造センター学修支援部門 臨床心理士の
中島 俊思(なかしましゅんじ)先生にお話を伺いました。
1.ご出身はどちらですか?
大阪のど下町です。東大阪に近い下町で育ちました。
2.この道の先生になろうと思ったキッカケについて。
初めは全く違う道へ行こうとしていました。姉が音楽の道に進んでいたということもあって、中学校の時は自分も音楽(クラシック)の道へ進もうとしていました。小さい時から職業として音楽をやるものとばかり思っていましたが、東京の音楽高校の受験に失敗して、普通高校に通うことになりました。ここで人生が少し終わってしまったような感覚になって、いろいろと考えたときに、心理学の方面に興味が向かいました。人の話を聞く・世話を焼くというのも、もともと嫌いではなかったのだと思います。
やはり失敗するべくして失敗したと思うことがあります。私よりもセンスや演奏力を持った人はたくさんいて、結局その道に向いてなかったことが、今になればわかります。高校受験に失敗したことは、いい負け方だったという気がしています。高校生からクラシックとは完全に離れて、ジャズなど、枠組みを取っ払って自分が楽しめる音楽をあえて見つけにいった感じです。その趣味は今でも続いていて、大学時代は英国ロック、最近はアメリカのロックやジャパニーズポップ、そして時々クラッシックに回帰して聞くこともできるくらい、ジャンルにこだわりなく楽しめるようになっています。
大学は、関西学院大学の教育心理学コースに進学しました。もともとミッション系でアメリカ人宣教師の先生が創設した大学のため、アメリカで盛んな実験心理学と呼ばれる分野が主流でした。関西学院大学はアメリカンフットボールが強いことでも良く知られています。進学したコースはカウンセリング等も学ぶ教育心理学という領域でした。大学時代は友だち付き合いも得意な方でもないですし、特に部活などもせず、家族関係や人の悩みなど解決はできないのですが、この分野を勉強したいという気持ちは高校時代からずっと持ち続けていました。今振り返れば、大学4年生のときは専門の勉強にかなり励んでいたと思います。
大学在学中に、臨床心理士(カウンセラー)*注1の資格をとるために、進路をどうするか決めるタイミングがあり、関西学院大学の大学院では資格が取れなかったため、九州大学大学院に進学して臨床心理士の資格を取りました。
*注1:「臨床心理士」とは、臨床心理学にもとづく知識や技術を用いて、人間の“こころ”の問題にアプローチする“心の専門家”です。(出展:公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会 http://fjcbcp.or.jp/about/ )
3.研究についてお聞かせください。
ウェルビーイング創造センターで修学に困難を抱える学生たちの支援を行いながら、その学生支援に関わる研究をしています。
これまでの研究では、アルバイトの職種ごとに必要なアルバイトスキルを整理しました。例えば、アルバイトで必要なスキルというと、ファーストフード店の調理やスーパーのレジ操作、引っ越し荷造りといった作業的なものから、困った時に上司に尋ねたり、シフトを調整してもらったりする場合に必要なコミュニケーションスキル等、求められるスキルの種類はたくさんあります。職種ごとにスキルの整理を行うことで、「学生が自分で取組みやすそうなアルバイトを探せる」とか、「シミュレーションすることで仕事のコツをつかむ」、「単科の塾講師だったらできるかもしれない」というような、自分が持つスキルとアルバイトで必要とされるスキルが合うかどうか、見当がつけやすくなるのではないかと考えています。
4.学生に教えている授業内容について。
大学院(学校教育学研究科 教育実践探究専攻)と一般教養課程(教養教育課程)で教えています。
大学院では、発達障害児(者)のライフスキルに関して教えています。先程話したアルバイトでのスキルも関係してきますが、コミュニケーションや気持ちの調節といった、社会生活を送るのためのスキルはどのように発達していくのか、何が必要かなどを教えています。
一般教養課程では、一般の学生向けに「心身の発達過程」について教えています。「乳幼児期から老年期までの発達の過程」を、学生自身の小中学生時代を振り返ったり、今の自分について「青年期のアイデンティティ」という観点で話をしたりしています。今後の発達についても、子育てや歳を重ねることを、「将来、親になったらこういうことにぶつかるよ」というように具体的な話を交えた授業をしています。
5.学生に向けて一言いただけますか?
人生は長いので回り道してもいいでしょうし、「順当に進まなければ」と考えなくてもいいのではないかと思います。年々、大学も変化していますが、まだまだおおらかな部分も残っています。海外留学制度を利用したり、遠回りをしていろいろなことをやってみて欲しいです。
6.佐賀について。
久留米から佐賀平野を抜けて通勤しています。ちょうど今頃は田植え時期で田んぼに水が張ってある様子が綺麗です。通勤での景色は、スイッチをオンにしたりオフにしたりする機能があり、とても気に入っています。
佐賀は人との距離感が適度で、学生にとっても丁度いいのではないかと思います。出身である関西は人口が多いためか、都会特有の一定以上は踏み込まない距離感のようなものがあったりしますが、佐賀の人は温かく、面倒見もいいように感じます。
7.休日はどのように過ごされていますか?
子どもがまだ小さいので、土曜日はプールや公園に連れて行ったりして、頻繁に外出しています。学生に〈子どもの時に連れて行ってもらって楽しかったところは?〉と小レポートのテーマで尋ねて、「神野公園が良かった」「玄海町にすごい滑り台がある」などと聞くと、そこに出かけて行って楽しんでいます。
日曜日は、午前中は掃除、午後は庭の芝刈りがルーティンです。これをすると心身の調子が整う効果があるように感じています。禅宗に近いかもしれません。日曜日のルーティン後に、月曜日を迎えるのは、すっきりして気持ちが良いです。
8.今後の目標をお聞かせください。
センターで相談を受けていた学生が卒業後にどんな生活をしているのか知りたいと思っています。特に、卒業後に問題なく生活ができている学生へのインタビュー調査を行いたいです。
学生支援を行う立場では、卒業後に離職したりメンタルの調子を壊したといった良くないニュースを集めがちになります。臨床心理士はどうしてもうまくいかない時の相談対応が多いため、良いニュースをきちんと把握できていないかもしれないというところが反省点としてあります。大学時代は「合理的配慮」*注2を受けていた学生が、専門的な技術があることで就職先ではそのような配慮が無くても仕事ができていたり、社会人として楽しく生活していたりする事例も少なからずあるのではないかと思います。その卒業後の適応状況を客観的に集めることで、今とはまた違った支援につながっていくのではないかと考えています。
*注2:合理的配慮とは、障がいや病気をもつ学生さんが、他の学生さんと同じように学生生活を送ることができるようにするために、大学内で障壁となる制度の変更や調整を行うことです。
(出典:佐賀大学ウェルビーイング創造センターWebサイト
https://www.ssd.saga-u.ac.jp/intensive-support/reasonable-consideration.html)
9.県下の企業・自治体・学校の中で何かやるとしたらどんなことをやりたいですか?
佐賀大学に赴任する前は、「乳幼児健診における早期発見・早期支援」に関する研究をしていました。“早期発見=早期診断”とは違います。例えば1歳代から自閉症スペクトラム障害と診断がつく場合も近年は増えています。比較的はっきりと色濃く障害特性を持っている場合などはそれで救われるケースもありますが、ごく早期に診断をすることが不自然な関わりの火種となり親子の支えにならないケースもあります。変化・成長の途上にある1歳代は断定的なことが言えない場合もあり、診断によるカテゴライズ以外にも日々の関わりでできる支援があり、どちらかといえば優先順位としてはそちらの方が高いです。
最近は、佐賀県療育支援センターと保健師さん向けに、乳幼児健診のスクリーニングや保護者支援に関する研修をしていますが、今後も、地域において親子を支えるやわらかい支援体制の醸成を自治体と一緒にできればと思います。
また、2024年4月1日から事業者による障がいのある人への合理的配慮の提供が義務化されました*注3。この義務化が浸透していく過程で、これからさまざまな問題が出てくると思います。大学や公的機関は一般事業者に比べて経験があるため、合理的配慮をどのようなプロセスを経ながらすすめていけばいいのかというアドバイスを行うなど、貢献ができるのではと考えています。
*注3:2021年に障害者差別解消法が改正され、事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化されました。この改正法は2024年4月1日に施行されました。
(出典:政府広報オンライン http://ttps://www.gov-online.go.jp/article/202402/entry-5611.html)
10.センターのご紹介をお願いします。
佐賀大学ウェルビーイング創造センター学習支援部門のCSルームは、悩みを抱える学生や障がい・病気をもつ学生が、充実した大学生活を送れるようサポートする場所です。臨床心理士・公認心理師の資格を持つスタッフが、学生相談に対応します。カウンセリングや「合理的配慮」の申請支援も行っています*注4。
また、これまで大学で行われてきた「就労支援」は、いわゆる”新卒採用”をめざす”就活”を念頭においたものでした。でも実際には、1日8時間×週5日働き続けるのが、現状難しいと言う学生もいますし、就活もインターンもやってみたいがノリが体育会系で気軽に相談できない、という学生もいます。自分の病気や障害を雇用先にオープンにして働くというやり方もあります。そういった多様な就労移行をサポートするスタッフが今年4月から、ウェルビーイング創造センターに新規に着任しました。
*注4:「合理的配慮」の申請支援とは、センターが行っている申請から実施にいたるまでのサポートのことです。申請者(学生)と提供者(大学)の建設的な対話を通じて、双方が納得するような合意を作り出すことによって合理的配慮の内容を決定します。配慮事項は、大学内の正式文書として発行されます。
(出典:佐賀大学ウェルビーイング創造センターWebサイト
https://www.ssd.saga-u.ac.jp/intensive-support/reasonable-consideration.html)
2024年6月20日取材